大阪家庭裁判所 昭和53年(家)2988号 審判 1979年3月26日
申立人 大阪市住之江区長
被相続人 張友順(国籍 中国 最後の住所 大阪市)
主文
被相続人亡張友順の相続財産管理人に次の者を選任する。
本籍 大阪市南区○○町○○丁××番地
住所 滋賀県栗太郡○○町大字○○××番地
川本澄雄
明治四四年九月二五日生
理由
一 申立人は、被相続人亡張友順の相続財産について相続財産管理人の選任を求め、関係の各資料並びに当裁判所の調査及び審理の結果によれば、次の各事実が認められる。
1 被相続人は、昭和五三年四月一日その肩書最後の住所で変死体となつて発見されたが、身柄引取人が不明のため、申立人が、旅行死亡人としての処置をとり、遺体は検死を受けて火葬に付したうえ、被相続人が遺留した現金二、五〇〇円、定期預金証書六通(預金額合計金二七〇万円)、普通預金通帳一冊(預金額金五三万八、一六八円)及び男物腕時計一個等の遺留金品を保管して、その旨を昭和五三年五月一九日の官報に公告したが、親族等が現れないため、申立人は目下上記遺留金品を保管しているものであり、利害関係人として被相続人の相続財産管理人の選任を求める適格を有するものと解される。
2 被相続人は、日本における外国人登録原票上、国籍は中国、国籍の属する国における住所又は居所は廣東省中山県、出生地は横浜市中区○○町××番地となつているが、知人の紹介で昭和四七年二月一日からその肩書最後の住所に居住して、数年前からは近くのパチンコ店の店員をして働いていたものであり、死亡当時は独身で一人で生活していて、特に身寄りの者等は見当らない状況にある。
二 ところで日本に居住する外国人が日本において死亡し、その相続財産が日本にある場合には、その相続に関しては法例第二五条により、死亡した被相続人の本国法によるべきものであり、また、その国際的裁判管轄権も、準拠法と国際的裁判管轄権との併行の原則によつて、原則としては被相続人の本国の裁判所に属するものと解すべきであつて、ただ被相続人の本国法によつて、日本にある相続財産については財産所在地国としての日本の裁判所に管轄権を認めている場合には、例外的に我が国の裁判所に国際的裁判管轄権があるものと解するのが相当である。
三 したがつて本件については、被相続人の本国法である中華人民共和国の法律を適用すべきこととなるが、同国における国際私法についてはその内容が明らかでない。
しかし中華人民共和国の相続制度によれば、概ね被相続人の配偶者、直系卑属、直系尊属及び兄弟姉妹の相続権並びに直系卑属の代襲相続権が認められているところ、本件調査の結果によれば、被相続人には配偶者や直系卑属及びその代襲相続人はなく、また直系尊属や兄も既に死亡しているうえ、妹と目される張美珠は所在が不明の状態にあり、僅かに生存している弟の張友庭も、相続放棄の申述をして当裁判所でこれが受理されたから、結局被相続人については、他に相続人があることが明らかでない状況にあることが認められる。
四 しかし被相続人の本国法によつて、相続人のあることが明らかでない場合であつても、相続財産の管理は相続に関する問題であるから、前記のとおり原則として被相続人の本国法によつて決定されるべきものであり、またその国際的裁判管轄権も、原則として被相続人の本国の裁判所にあるものと解すべきである。
しかし被相続人の本国法によつて相続人のあることが明らかでない場合に、その相続財産について財産の管理をしないままで放置しておくときは、その財産について利害関係を有する相続債権者らの利益を害することになるから、利害関係人の保護のためには、日本にある相続財産については日本でその財産の管理等をする必要があるものと認められ、したがつて、その相続財産を保全するための例外的な管轄権として、財産所在地である我が国に国際的裁判管轄権を認めるのが相当である。
五 次に本件の場合の準拠法について考えるに、中華人民共和国における相続制度によれば、被相続人の死亡後に法定の相続人がなく、又は相続人の全部が相続権を放棄し、かつその相続財産の処理に関して被相続人の遺言のない場合には、被相続人の遺産は相続人のない(絶戸)財産として処理されることとなるとされているが、被相続人に相続人のあることが明らかでない場合における相続財産の管理等についての法院における一般的な処理の方法等については必ずしも明らかでない。
六 しかし被相続人に相続人のあることが明らかでない場合には、相続財産を保全してその管理をする外、相続債権者や受遺者らに対する弁済をするとともに、他方では相続人の捜索をするなどの必要があることが明らかである。そして日本民法第九五一条以下の規定は、そのような場合の処理についての一般的な準則を定めたものとして妥当なものと解されるから、被相続人の本国法によつて、相続人のあることが不分明な場合の法的手続が明らかでない本件のような場合には、その準拠法としては、条理によつて、相続財産の所在地であり、かつ被相続人の死亡当時の最後の住所地でもあつた我が国の民法第九五一条以下の規定を類推適用して、相続財産管理人を選任し、その選任された相続財産管理人が、上記民法の各規定にしたがつて相続財産の管理等の事務を処理することができるものと解するのが相当である。
七 以上の理由により、結局我が国の裁判所は、本件相続財産に対して利害関係を有する本件申立人からの申立てによつて相続財産管理人を選任し得るものと解されるから、当裁判所は、民法第九五二条第一項の規定に基づいて、被相続人の相続財産管理人として主文掲記の者を選任するのを相当と認め、よつて主文のとおり審判する。
(家事審判官 富永辰夫)